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2008年10月

2008年10月31日 (金)

入院(23日目)

順調な感じ。本当に軽微な病状反映でよかった。世の中は、民事再生法や事業所の閉鎖が進んでおり、今こんなゆっくりしてよいのかと、ふと思ってしまいます。

過去の記事にイメージ(写真)を多少付けてみました。今日は、今までの薬の経緯を表にまとめてみましたので、ファイル添付をしてみようと思います。

Kusuri02a_2

PDFライターを入れていない、PCしかもってこれなかったので、エクセルです。ブログにはふわさしくないので、明日でも、イメージで見れるように工夫してみようと思います。(イメージにしました)

先生のお話だと、現在の薬量(40Mg)はあと一週間は継続し、その後様子を見ながら錠剤で2減らすところから実施するそうです。最終5錠程度になって外来治療に移行が可能でその判断は減量中の診断によります。今の体が対応でききてきているのか、これからが本番のような気がします。

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2008年10月30日 (木)

入院(22日目)

現在入院22日目、あしの痛みも日中は気にすれば感じる程度。ただし夜間は、相変わらず熱をもったみたいに感じ、耐えられない程度ではないが、「腫れ 味」を感じる。薬の量は変わらずステロイドは1日メドロール錠で40Mg継続で、来週一杯はこの数字のようです。今飲んでいる薬は、(量の表記は抜いておきます)

メドロール錠:副腎皮質ホルモンを補う。これが主のステロイド剤です

ガスターD:胃酸を押さえます。ステロイド剤の副作用を抑えるためです

バイアスピリン錠:抗血栓剤です。血流を良くしておく必要があるためです

ユベラN:血中コレステロール量を下げます。副作用でコレステロールが実際に上がっています。

メチコバール錠:神経に働き、抹消神経障害の症状を改善(痛み止め)

ほかに、頓服で、便秘対策でマグラックス錠とアローゼン。不眠対応でレンドルミンを頂いています。

さて、緊急入院から点滴生活のはじまりです。

□緊急入院から「パルス療法」開始□

「ステロイドパルス療法」は「膠原病」で病状によっては、短期間で効果が見られる治療方法だそうで、私の場合の「血管炎」の場合、急激且つ単多発的に病状が拡大する可能性がある場合は、一気にその進行を一旦止めてしまうという、まさに、私の為の治療法です。大量のステロイドを短期間投与することで、数字の悪化を一気に止め、その副作用はまずないと言った物。ただし、はじめると、ステロイドの量は一気には減らせず、様子を見ながら量をへらし、錠剤に移行。長い期間かけて、投与量をへらす(2から6年)。勿論、体のことなので、他の状態などによって様子は変わると思うので、今は、外来治療ができるように、継続治療に専念するといった(上記)22日目です。その後のことも当然ですが考え始めていますが。。

10月9日 17:30にまず、ラテック注射液500mlで「ノバ・ヘパリン注射液(5ml)」を点滴開始。間に輸液器(一定量を落とす機械)はさんで、左腕にラインをつけます。(写真参照)。痛いって程ではないが、痛い。これ以降、他の患者さんほどでないが、繋がれる生活になる。これは、血液をさらさらにする処置。

10月9日 22:00に、緊急処置のステロイドを点滴に追加。同時に注射器でガスターDを注入。「ソルメドロール注射用(125mg/溶解液)」。生理食塩注プラボトル100mlを2時間(1日2回)。トイレの頻度が確実に3時間ごと。ただし合間は寝れました。

10月10日 6時きっかりに目が覚める。部屋が、西側ですが、窓が広く自然感抜群。昨日までと比較すると痛くて・痛くての不快感がうそのよう。これがステロイドの効果か?足の感覚は変わりない。

10月10日 10時にヘパリンの交換と、ガスター・ステロイドの注入。

ラテック注射液500mlで「ノバ・ヘパリン注射液(5ml)」(24時間1日1回)・ガスターD注入・「ソルメドロール注射用(125mg/溶解液)」(2時間1回)

10月10日 22時「ステロイドパルス」開始:ガスターとソルメドール500mg投与

・ガスターD注入・「ソルメドロール注射用(500mg/溶解液)」(2時間1回)

この、500mgの投与は1日2回 10月12日の夜の投与まで続きました。(合計6回)10月11日血液検査の結果を先生からお聞きしたら、「白血球の値は9000台・好酸球も10%以下と効果が出てきている」「あとは、まずCRP(炎症の値はあまり変わってない)をおさえ、継続投与」とのこと、早急な緊急投与が、よかったのだ とつくづく思いました。

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2008年10月29日 (水)

入院(21日目)

入院20日突破です。睡眠誘導剤と便秘対応で、気持ちよい一日でした。

□入院準備□

10月9日緊急入院が決まって、部屋も決まってから、外出届けを先生に許可いただき、17:30までに戻ってくる約束をし、着た車にのって一旦下宿(単身赴任宅)にもどることにしました。

まず、資金確保。肌着売場で、下着上下7着。靴下5本(いらなかった)。カーディガン。つっかけみたいなシューズ(スリッパだな。クロックスはやめました)。場所を変えて、ブラウンの髭剃り(今までシェーバーはあまり好きでなっかたがたぶん必要)、ウルオス(スキンミルク)を購入。

単身宅に戻り、入れ物は海外出張で片付けたばかりのトランクに必要なものを詰め込みました。

・洗面用具(洗面器は必要・ボディスポンジタオル・ボディソープ・シャンプーリンス)、歯磨きセット。:10日位までは旅行セットくらいでよいでしょう。私の場合20日以上なので、結局ボディソープ・シャンプーリンス・歯磨き・洗顔はレギュラーものを追加購入しました。歯磨きうがい用のコップ。

・バスタオル2組以上。フェィスタオル2組以上。私の場合、タオルは5組用意しましたが、1組は小型トートの中で、院内移動中に使用。1組はベットサイドに必ず1組。洗濯は自分でできるのでそんなに数はいらなかった。点滴を受けても取り合えず動けるなら、この程度か。動けないなら、10日くらいでこの数は必要か?

・寝巻き:一応1SETほぼ新品をもっていたので、用意。スエットの下とTシャツ2枚は用意。ただし、病院で2日に1回換える寝巻きのリースを1回150円で借りることにした。

・ほか、ティシュ一箱(10日で1箱)。飲料用カップ(使い捨てとコップ)。ウエットティッシュ。イヤホン(TV用)。

・健康保険証。現金(TVカードや洗濯に使用。最低飲料は自分買いなので必須)私の場合は院内は動けるので、毎日一回は売店で新聞購入。印鑑(シャチハタ・契約印)。各ATMカード。

・他に時間が当然あるので、気がつくものは詰め込んできました。i-POT(役立つ)・PSP(今まであまり使ってなかった)。あとは、仕事関係はそのまま、いつもの装備のバックごと。これは案外役立ちました。

さて、コンビニで、NTTの支払いをすませ、タクシーで病院に。

17:15分くらいに、ナースセンターに顔を出し、ベットで着替えをしていると。17:30くらいにいきなり、点滴ライン(点滴開始)。これから21日まで点滴につながることになります。

Dsc06213 持ち込んだものの一部です。ナノ・ヘットホン・各メモ帳・それにマグライト・PSP・携帯用のヘットホン(ヘットホンは結局3本になってしまいました)。改めてみると、みんなブラックカラー。アクセントはオレンジになっていました。この色目が自分好みだったようです。

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2008年10月28日 (火)

入院(20日目)

昨晩から、睡眠誘導剤(レンドルミンD(0.25mg)を頂いて寝たので、今日は、安静な日でした、何か興味の沸くものを探し、「クロスバイク」と「自転車通勤」についてWebで調べたりして時間をすごしててしまった。副作用か便秘で、その薬も昨日からもらい、なるべく水分を飲むようにしていました。一日に500mLペットで4本くらい。

昼間にTVでみた「鷲は舞い降りた」も面白かったし。

今日は、入院準備について記述しようと思っていましたが、変更し、この病気についての研究レポートがあったので、向学のために、引用します。

★以下引用です

□アレルギー性肉芽腫性血管炎□

比較的新しい病気の単位
 アレルギー性肉芽腫性血管炎allergic and granulomatous angitisはチャーグ・ストラウス症候群(Churg-Strauss syndrome)とも呼ばれ、我々の年代にとっては後者の病名のほうが馴染みが深い。
 以下、英語の病名の頭文字をとって、この病気をAGAと略記する。
 AGAは気管支喘息、好酸球増多、および血管炎にもとづく症状を主徴とする病気で、一般に血管炎症候群のなかに分類されていることが多い(後述)。
 病因はまだ謎に包まれているが、あえて推測すれば、体内の非自己抗原に対する宿主の過敏な反応が発症の基礎になっていると解釈される。好酸球が分泌するサイトカインの分析が進めば、病因解明の重要なカギになるかもしれない。
 AGAは比較的新しい病気といえるか
 AGAを古典的な多発動脈炎から分離させて別の独立の病気にしたのはCh u rgとtrauss (1951)、少し遅れてRoseとSpencer (1957) である。それから3 7~4 3年経っているから、この病気は先だって設定した「比較的新しい病気」の基準に当てはまらない。しかしわが国では、どういう訳か、この病気はあまり馴染まれておらず、1964年になってからやっと本格的な症例報告があっただけである。あるいは医師のなかにも初めて聞く病名だという人がいるかもしれない。
 わが国で注目され始めたのは、1981年に厚生省特定疾患・系統的脈管障害調査研究
班で取り上げられてからである。それ以来、国際的にもAGAの実態はよりはっきりとし、医学界の認識も深まった。これは帝京大学の長沢俊彦教授の努力に負うところが大きい。

 血管炎が基礎になって起こると推定される病気
 血管炎angit isは動脈、ときとして静脈の壁に病変の主座がある非特異的な炎症で、これが主要な原因になって起こると推定される病気は、表1に示すように、少なくとも二つのカテゴリーに分けられる。その原型は古典的な多発動脈炎で、代表的な病気として結合織病(RAやSLEなど)にともなう血管炎、多発動脈炎、ウェゲナー肉芽腫症、およびAGAがあげられよう。

表1. 血管炎が基礎になって起こる病気
A. 全身の壊死性血管炎
  古典的な多発動脈炎
  アレルギー性肉芽腫性血管炎
  多発性の血管炎重複症候群
B. 過敏性の血管炎
  1. 外部に発病の引き金がある場合
   . シェーンライン・ヘノッホ紫斑病
   . 血清病および類縁状態
   . 感染症に伴う血管炎
   . その他
  2. 生体内に内在する異種の抗原があずかると推定される血管炎
  . 腫瘍に発現する血管炎
  . 結合織病に見られる血管炎
  . 補体の先天欠損にみられる血管炎
  . その他の病気に随伴する血管炎
  3. ウェゲナー肉芽腫
  4. 巨細胞動脈炎
  . 側頭動脈炎
  . 高安病
  5. その他の血管炎
  . 川崎病
  . 中枢神経の血管だけに見られる血管炎
  . バージャー病
  6. その他
Fauci (1979)、CuppoとFauci (1981)

 これらの病気は実態を把握するのに苦労するものばかりで、血管炎の専門家のなかには「とりとめのない病気」とか、「得体の知れない病気」などといった形容をする人もいる。しかし、その中で病態が最もはっきりしているのはAGAである。

 臨床像
 AGAの臨床像を分かりやすく箇条書きにして説明すると、次のとおりである。
. 幼小児期の患者は少ない。わが国の報告例では最も若い患者は1 0歳で、この病気の好発年齢は3 0~5 0歳台である。
. 性差はない。
. 一般に初めに気管支喘息と好酸球増多が見られ、それから3年以内に血管炎に関連する症候が発現する。このような経過もこの病気に特徴的といえよう。
. 患者の第一度の近親(親子、きょうだい、など)にアレルギー病やRAなどの自己免疫病発現する傾向がある。
. 三主徴の一つである気管支喘息には次のような所見が認められる。
. 気管支喘息にアレルギー性鼻炎や蕁麻疹が合併する傾向がある。
. 気管支喘息に比べて、肺のX線像に異常な陰影が見られることが多いが、陰影の性状は一定していない。
. AGAの気管支喘息の病型はアトピー型約45%、感染型20%、混合型26%で、残りの9%はどの型にも分類できない。
. 血管炎の症状が発現したときの気管支喘息の状態は、そのまま不変に続いている例が57%、増悪する例が24%、軽快する例が12%である。
. AGAの気管支喘息では他の一般の気管支喘息に比べて、好酸球増多の程度が大きく、ほとんどの例で2 0 0 0 /μ.を越えている。しかし、この好酸球増多もステロイド剤の服用によって速やかに正常域に入る。
. 血管炎の症候
 全身にわたる血管炎にもとづいて、つぎのような症候が見られる。
. 3 8℃以上の発熱、全身倦怠感、体重減少をきたす。
. 臓器症状は次の表2に示すとおりである。

表2. 血管炎にもとづく臓器症状
 病態   %
複数の臓器・組織における単神経炎8 5
皮下出血(紫斑)5 7
消化管出血、腹膜炎、など5 0
心不全、心筋梗塞、心包炎、など4 2
筋炎3 1
間質性肺臓炎、胸膜炎、など2 8
関節炎2 3
脳血管障害1 6
視力低下、上強膜炎、など1 6
高血圧1 4
タンパク尿、腎不全、など1 1
(長沢、吉田 1989)

 上の表2で見ると、複数の臓器・組織における単神経炎mononeuritisはきわめて高い頻度で見られ、多発動脈炎やウェゲナー肉芽腫に多い腎障害はAGAで比較的少なく、また軽い。病状が進展した段階では単神経炎はおそらく100%見られるであろう。

 生検の所見
 診断の確定には、表皮から皮下におよぶ組織の生検が必要である。
 . 皮膚
  真皮と皮下組織に好酸球が浸潤している。
 . 血管系
  多発動脈炎と違って、AGAでは動脈ばかりでなく、静脈にも病変が見られる。
  血管炎の主座は中・小動脈で、その所見は多発動脈炎に似たフィブリノイド血管
  炎、あるいは多核の巨細胞と好酸球の浸潤をともなう肉芽腫性の血管炎で、この肉
  芽腫性変化は血管外にまで延長している。また血管内に独立に肉芽腫が存在するこ
  ともある。
 診断基準
 表3にAGAの診断基準を示す。

表3. AGAの診断基準
主  徴
. 気管支喘息
. 好酸球増多
. 血管炎にもとづく症状
臨床経過
上の主徴の.と.が先に現われ、遅れて.が現われる。
参考になる検査所見
. 白血球増多(1 0 0 0 0 /μ.以上)
. 血小板増多(4 0 0 0 0 0 /μ.以上)
. 血沈亢進(60 ㎜/ 時以上)
. 血清中のIgE上昇(600 U/.以上)
. リウマトイド因子陽性
生検組織の所見
. 好酸球が浸潤している肉芽腫性血管炎
. フィブリノイド動脈炎
. 動脈の内弾性版の断裂を示す瘢痕性の血管炎
. 血管外の肉芽腫

 診断の仕方
1. 上の表3の基準のうち、主徴の三つがすべて確認されたときに確実な例と診断する。
2. 主徴の.と.が認められ、生検組織では.、.、および.の所見が認められたとき
に確実な例と診断する。
3. 主徴の.と.が認められ、生検組織で.の所見が認められたときには疑いの例と診
断する。
 治 療
 治療の指針も厚生省の研究班から提出されている (橋本 1990)。欧米でもはっきりしたAGA治療のガイドラインがない現在、これは最も頼りになる治療の指針である。
. ステロイド療法
. 臓器の病変がないか、少ない場合には、PSL換算量2 0~4 0㎎/ 日を用いる。
. 重症な気管支喘息または肺に異常な浸潤影を認める場合には、PSL換算量4 0~60 ㎎/ 日を用いる。
. 重篤な臓器の病変が認められる場合には、PSL換算量6 0~8 0㎎/ 日を用いる。
 私見では、日本人患者がPSL換算量6 0㎎/ 日以上に耐えられるかどうか疑問である。この場合には、むしろパルス療法を選択したほうがよい。パルス療法は比較的副作用が少なくて効果が大きい。
. 免疫抑制剤
ステロイド不応、ステロイドの副作用が著しい場合、あるいはステロイドの減量がむずかしい場合などに免疫抑制剤を併用する。CPまたはAZの1~2 ㎎/ ㎏/ 日が推奨されている。
. 閉塞性の血管病変に対する治療
. 抗血小板薬
チクロピジン、など。
. 抗凝固薬
ワーファリン、ヘパリン、など。
. 末梢血管拡張薬
プロスタグランジン、など。
. 血漿交換
 血漿交換はまだ評価は定まっていないから、最終の手段と考えるべきだろう。 これは私見だが、AGAも早期に診断して早期に治療を開始すれば、よほどその様相は変わってくるだろう。それにはこの病気に対する理解と認識が広く行きわたることが望ましい。

★以上一部引用でした。「内容を見ると多少前の情報」で、研究が進んでいることを感じます。

たぶん、専門医の方が掲載した内容と思われますが、あくまでもご参考まで。
先生から診断されたときの基準もこれに近く、多少さらに更新されているように思えましたがまさにぴったり。

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2008年10月27日 (月)

入院(19日目)

病院生活にも、そろそろなれてきました。18時にきっかり食事なので今日は、「入院編」を簡単に書いてみます。仕事で単身の方・初めての方は参考になればよいのですが・・

ところで、食事は「病院食」です。管理栄養士の方が、工夫をして、内容を決めています。私の場合通常食ですが、患者さんの状態と要望にあわせ、細かな調整をしております。味付けは当然薄味ですが、工夫をして、飽きない「代替味付け」をしています。ボリュームは当然不足ですが、充分おいしいです。このような「三度三度の食事」をきっちりとるのは、高校生活以来で、退院後の食生活をどうするか、体力回復とあわせ、大きな課題になっています。今急激に、目に見えて筋肉が落ちていくのが判るからです。(本当に日々)

□入院告知□

入院することは10月7日に確定していましたが、すぐという事認識がなかったのと「入院そのもの」の知識がありませんでした。仕事ばかりしていると、たぶん、みんなこのような受け取り方ではないかと思っています。10月7日は結局終日かかってしまったので、翌日出勤時に職場の上司に報告をいたしました。当方の直接上司は会社のCEOなので、経験豊富・社内リソースの調整などは当たり前なので、病名と処置内容を聞いた(このときは「膠原病。ステロイドパスル療法」)時に、真剣な状態であること・入院は時間が掛かること・一生ものであることを即理解頂き、チームの少人数マネジメント層を集め情報共有をしました。仕事についてはルーティンよりか構築の方が主なので、たぶん当面停滞するとは思いました。

その日は、金曜日に、発足したての「営業組織」のリーダーと打ち合わせをする気で資料を用意。その日も最終便でした。即入院はないと思い、特に用意をせず寝ました。足は死にそうに痛い状態でした。

10月9日に、出勤する用意で、車で病院にいき、カードで受付。最初に、血液検査、次に「神経内科外来」に行きました。問診と実際に足の状態を見てもらいました。爪楊枝で足の各部をついてみると、全く感じないところがあったり、面としてピットしたり、はれものを触るような触れて痛い感じがったり、足の裏になにか分厚いものがついているような漢字がったりしてました(一部手の指もあり)。一方で、足の筋肉の反発・反応も見てもらいました。結果は、「感覚神経の麻痺がある。運動神経までは影響は出ていない。」でした。検査でわかる方法は、体心電図で、入院したら即検査するとのことでした。

え。即入院?神経が麻痺したのは、治らないことは無いが、神経が生成されるまで大変時間が掛かるとのこと。

そのあと、膠原病科の外来に行きました。ちょうど13時ころ。血液検査の推移と内容と神経内科の診断内容を合わせ、診断基準から、明確に病状名と治療方法を診断されました。すでに、火曜日の段階で白血球数は2万7千を超え。この日は3万に達していました。同診断基準は明確でまた、後ほど記述しようと思いますが、この時、私は大変危険な状態であったことを再度認識しました。この状態では、いつほかの中枢神経や運動神経に行ってもおかしくない状態とのこと。即、緊急でもステロイドを投与し、まずは「好酸球」を減らさないと病状が悪化する。神経は復活するが、大変長い時間が掛かるので今しかない。

と言うことで、その場で、先生が、病室の空きの確認と、入院の手はずを画面とPHSでして頂きまいした。(数字の説明や因子なども時系列・わかりやすく説明して頂き、専門用語でありましたが、理解しやすかった)

そのまま、入院の説明を看護師さんから受け、そのまま「入院受付」に案内されました。入院申し込み書に、当人の住所・緊急連絡先・後見人・個人情報の承諾確認など記入捺印し、入院中のハンドベルト(サトーのラベル製:、また写真をアップします)を発行(これもつけるに当たっては当人の承諾が書式で必要らしい)し左手首に巻き固定。部屋の指定を確認。個室・4人部屋などあり、たぶん、保険でまかなえない分を差額で表示してあり、ある程度長期であることを考え、ベット代1日あたり、3150円にしました。また入院保証金が5万円必要であるとことなので、今は手持ち現金がないので、一旦準備に帰る積もりであったので、後で払うことにしました。

入院のしおりなどをもらい、病棟(同じビルの上層階)に向かい、ナースセンターに顔を出すと、すぐに病室を案内され、入院・施設・入院生活について説明を受け、病棟師長(昔の看護婦長)さんのお話も簡単に聞き、まさに、病人生活の開始です。ただし、私の場合は「単身赴任」で且つ、今日すぐにと思っていなかったので、一旦外出許可をもらって、車を戻すのと必要なものを揃えるようにしました。リミットは17:30。

この続き「入院準備」「投薬開始」は明日・・

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2008年10月26日 (日)

入院(18日目)

昨晩も、ねれず。大体1時間ばかしで、目が覚める。悪夢はないが、足が、入院前ほどでないが痛む。ひざ下が「炎症」している・・って感じ。薬の副作用か。顔にもにきびみたいなものが。。

□何で入院しているか□

現在、「アレルギー性肉芽種性血管炎」治療の入院中で、治療は、「ステロイド剤投薬」。緊急入院の晩(10/9)からステロイドを緊急点滴し、その次の日から「パルス療法」を開始。現時点ではステロイド投与の初期段階の「メドロール剤」を1日40mg継続し飲んでいます。この治療方法はまさに一般的ですが、この病気自体が少ないので(難病情報センターに情報がのっていますhttp://www.nanbyou.or.jp/)もしかしたら、私の今後の回復状態が同じ病気を持つ方の参考になるかもしれません。

さて、入院にいたるまでの経緯ですが、私の場合、しびれ程度の軽度の障害(回復します)で済んだのはまったくの不幸中の幸いでした。

□やはり、単身赴任は良くない。□

実は、現在の仕事は、格好良く言い過ぎれば、当社にとって初めての営業事業を構築する仕事に関わっています。組織体制ができない中で模索しながら「すべての構築」をするといった、出来上がった人的体制や全社体制のないものなので、ネゴシエーションから一からの役割分担をするといった強いていえば社内コンサル+ビジネスシステムアーキティクチャー+担当マネージャー+実務担当のような役割を果たしていたような気がします。社内では、約10年前からBPRの実務担当で間現場にも行ってましたが、このような業務は大体「目見」が立ちますが今回は、昨年10月からの着任で、「これほど苦労する」のは初めて。でした。仕事上のストレス耐性は高い方ですが、過去も含め、単身赴任(ずーと仕事)という環境もあって、この約3年はたぶん体は大変なストレス状態にあったと、入院中の今、思います。 やはり家庭の中での時間をつくることで、心身ともに仕事以外状態にする。私には必要であったようです。

□入院のきっかけは直前の忙しさ□

喘息の治療を継続しており、プレドニン剤なども少量もらっていたので「咳そのもの」は落ち着きつつあったので、安静にしていれば、病状としてはあまり表に出てこず、今後内臓疾患などいきなりでてしまう状態であったと思います。ただし、このタイミングで仕事が作業的に大変「ビジー」になったのが、発症のきっかけになったと思います。逆に明確になってよっかった。

8/18のCTの結果は、肺に「かげ」があるといったもの。薬は継続で、9/4の呼吸器の先生で再診。10/2に予約。この時点で、2拠点開設準備と、営業組織・予算の確保、業務システム化の布陣つくりと大変忙しくなり、急に9/20からイギリス出張に行くことになりました。まったく時間の余地がなく、多方面関係者との調整・移動があり、一方で、夜になると咳がでるので睡眠時間が取れない毎日でした。

9月になると、頻繁に中距離の電車移動が必要(久里浜・津田沼=約2.5時間)で、その中で、「あれ、なにか足が痛いな」と思うようになり、パンテリンなどを足に塗って夜は寝てました、この時点で咳よりか足が痛く寝れない状態。大変気にはなってきましたが、海外出張もあるので病院にはいけず。イギリス出張となりました。

イギリス出張は、仕事的にも大変有意義で、合間で見た「グレートブリテン」は文化的社会的に大変興味のわくものでした。(このブログページに私的にとった写真をいくつかアップしています)ただし、食べるものがおいしく感じず、アルコールもあまり飲めず、夜間は足が痛く寝れず、そういう意味で大変でした。特に、行き帰りの飛行機は行き13H・帰り9Hのしんどさは今までにない経験で、帰りは、BAのワールドトラベラープラスで、シート幅・前後があるものでしたが、足だけでなく、こめかみが死にそうなくらい痛く。(気圧の関係か)これが、「医者に行かなきゃだめだ」と強く思った原因になりました。

イギリス帰りの翌月曜日の9/29、いつも行っている総合病院の継続的に見てもらっている先生に、状態を見てもらいました。足はパンパンにむくみ、痛みがあり感触がおかしい。イギリスから帰ってきても大変忙しく、ほぼ毎日最終で神田から津田沼(近隣は京成津田沼ですがそこまで帰れない)の電車の中で、足が苦しい状態と、すねの外側が濡れていないので水が這っているような感覚を覚え「確実におかしい」。血液検査の結果、白血球184(百)血液像EOSINO 70 CRP 1.38 で異常値。先生は専門医の診断が必要との判断で木曜に予約をいれている同じ病院の呼吸器の先生に引継ぎをしてもらいました。

(まめ知識)血液

血液は、ご存知のとおり、血漿(けっしょう)と血球細胞からなっています。血球細胞は「血小板」「赤血球」「白血球」からなり、「白血球」は顆粒球・リンパ球・単球があります。「顆粒球」(かりゅうきゅう)は「好中球」細菌などの異物を食べる・「好酸球」アレルギーに関わる・「好塩基球」化学物質を蓄える。リンパ球にはT細胞・B細胞・NK細胞があります。

白血球の数は 平常成人男子で 3900から9800個 マイクロリットル

EOSIO(白血球に〆る好酸球の割合) 通常は陰性

CRP(炎症があるとでてくるタンパク質) 通常は陰性

□要特殊治療□

10/2木曜日、予約とおり血液検査をし診察を受け、そこで、初めて「膠原病」の可能性があり、ステロイド治療の実施が必要ということをお聞きしました。その時は全く知識がなく、近隣で「膠原病」専門科・専門医がいる先生に紹介状とデータを用意して頂くようにして頂ました。なにか、大変な状況?

血液検査の結果は、白血球224(百)血液像EOSINO 74 CRP 1.81 で異常値。

翌日、紹介状とデータを頂き、紹介先病院に予約をいれました。その科は全て予約外来でいかにも少ない専門科という感を受けました。予約は10/7火曜。

□初期診断□

明らかに、ステロイド投与が即必要。ステロイドを投与するには、入院が必須であるとのこと。確か入院は、小学生のとき扁桃腺の手術を受けたとき依頼。はっきりいって、初めての入院。最低3から4週間とのこと。仕事をしてから2日以上休んだことがない(長期休日制度があったときは一週間あったな・・)ので、想像ができない!。病気のことをいろいろ調べる。「治療法なし」「不治の病」「重篤になると生還率2割」・・?継続的な長期投薬が必要。現実間がない。神経内科と血液検査とあわせて先生がその場で木曜日の10/9に予約をいれてくれた。(カルテ内容もその場でPC入力・処置や予約・他科連絡もPCで完結、当然検査結果や経緯なども参照でき、数字遷移などをそれで説明うける。すすんでいる)

いきなり、全く別の生活をせざるえないのか、と腹をくくるしかないと思いがぼんやりをわく。両親と盛岡の妻に連絡をいれる。妻はメールのみのやり取り。次の再診(10/9)で入院日程が決まるので、来週くらいから入院かな。。と思ってました。

まだ、入院中なので、つかれが。。この続き、「突然の入院」は次の投稿にします。

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2008年10月25日 (土)

入院(17日目)

今朝、大変「こわい」夢をみました。15日目くらいから眠れなくなって、4時40分までのたぶんわずかの時間で見たもの。(昨日も見ましたが、その時のは覚えていませんでした)いまの心境を反映したものか、入院自体ほぼ初めて、入社して以来病欠で2日以上なんて当然初めて、しかも単身赴任3年目・仕事はプロジュクト進行中。深層心理かな。

今日は、私が発症している、病気について書き込もうと思います。「アレルギー性肉腫性血管炎」

思い起こせば、約三年前くらいから、咳がひどく、一昨年から「アレルギー性気管支炎」と診断。それから始まっていたようです。

この病状は、アレルギー性の気管支炎による喘息を兆候に、好酸球(白血球の種類:普通は0.2%くらい)が異常に増加し、各種内臓疾患を引きおこす。多発性単神経炎で血管に炎症を起こし、どこでも疾患を引き起こすものらしい。「膠原病」の一種で121の「難病」の1つに指定されています。

私の場合は、内臓疾患まで至っていませんが、両足の感覚神経の一部が軽い麻痺、運動神経に至る直前でした。この状態で治療に入れたのは幸せでした。

8月頭から喘息がひどく、掛かりつけの近隣総合病院で見てもらい9月頭くらいから、足が痛い(むくんで痛くなる感じ)を受けてました。胸のCTを8月18日にとり、胸に影があるが消えつつあると診断(呼吸器専門の先生9月4日)、フルタイト・セレペントを継続使用していたためか、咳は深夜帰りに電車に乗り込んだとき位しかしんどい感じはなくなっていて、次の診断日を10/2に予約し、快方にあると考えていました。しかし、この間に事態は悪化していたようです。すでに、白血球の数は増え初めていたのです。

現時点はその当面の治療の一番初期の段階で、「入院17日目」意外に体力が落ちているようです、続きは翌日。。

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2008年10月24日 (金)

はじめに

なんらかの形で、いきなりはじまった、いままでと異なった「生活」の記録を思いとともに、気軽に残したいと「思いメモ」の気持ちでブログに投稿していこうと思います。

入院記録は別途とっていましたが、今までの経緯。心境の変化。家族との関係など実際には大きく関わり、単に入院実績だけではないもの、もしかしたらこれが、大きく人生を変えつつあるのかな?   単身赴任の方、元気バリバリで働いている方、私と同様の「難病」と闘っている方の互いに知恵のもとになれば・・と思っています。

特に目的を設定せず、生活が変わる時に目にしたもの・気になったものを日記のつもりで書いていこうかなと思っています。

ちなみに、私の病気は「アレルキー性肉芽腫性血管炎」です。全国で年間100人くらいの新規患者数の「難病といわれる」病気らしい。http://www.nanbyou.or.jp/

この投稿時点で、緊急入院16日目です。

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